2011年6月3日金曜日

6/1(水)第6次支援チーム(3日目午後―帰着)ミノリさんレポート

おじいさんのお宅の清掃の後、作業チームと視察チームは仙台で合流し、きょう横浜に戻るメンバーと東北に残るメンバーに分かれました。

一緒に働いたのは3日間で、はじめて顔を合わせたメンバーたちでしたが、国籍をかるがる飛び越えて、和気あいあいとしていて、自然とお互いや周りの必要のために、さっと動けるあたたかいチームでした。

別れを惜しんだのも一瞬に、横浜に戻るメンバーたちは、帰る前に、津波の被害の大きかった他の地域も訪れる機会を頂きました。

宮城の南で、福島にほど近い、亘理町、山元町のあたりです。

この地域は、津波で何もかも流されてしまった地域で、家の土台がちらほら見えることで、ここに家があったのだということがわかる場所です。

JR常磐線の坂元駅のあったところに降り立ちましたが、ただただ茫漠と地が続いているところに、ぽつんと、駅舎からホームにわたってゆく階段が曲がって立っており、ホームだった部分が、少しその形を残しながら、小高い場所になっていました。

下り方面のレールはまったくなくなっており、その部分に立つと、青森方面へまっすぐ伸びる地が続いているように見えました。

少し車を進めると、少しずつ、家屋のかたちがある地帯が見えてきます。
しかし、ここも、1階部分は全壊だったり、家のかたちがそのままひっくり返っていたりしていました。

この地域に残っている家屋には、旗が立てられていました。
赤い旗は、「この家ごと全部撤去してください」
黄色い旗は、「家の周りのがれきは片づけてください、でも家には手をつけないでください」
というしるしだそうです。

茫漠とした地の中にぽつりぽつりと残るいくつかの家には、黄色い旗がはためいていました。


運転手のお二人が小雨の中がんばってくれて、15時ごろ山元町を出て、21時少し前に横浜に無事に到着しました。



残るチームは明日戻る予定です。

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